1990年以降、大学において様々な教育改革が進められてきました。学生の主体的な学びの確立、学修成果の可視化といった観点から、学生の「学修(学習)時間」についても注目が集まっています。
本レポートでは、国民の生活時間を調査した大規模統計である社会生活基本調査(総務省統計局) を用いて、大学生の学習時間の実態をみていきます。
大学教育改革が行われてきたこの20年間で、大学生の学習時間はどのように変化したのだろうか。社会生活基本調査の調査結果から、大学生の学習時間の時系列変化をみてみる。
図1は、大学・大学院在学者が、1日に費やした各行動の時間を表したものである(週全体の平均値、単位は分)。赤い線で示した「学業(学校の授業や予習・ 復習など)」に注目すると、その値は右肩上がりで上昇している。1996年には、1日あたり平均177分であった学業の時間は、2016年は平均238分 になっており、この20年間で61分増加していることがわかる。直近の5年の変化をみても、2011年から2016年で21分増加している。大学教育改革 が進められたこの20年間で、大学生の学習時間は1日あたり1時間増加したことがわかる。
この他、「休養・くつろぎ」の時間も、20年で36分増加している。後述するが、これはスマートフォン等の使用時間が増えているのではないかと考えられる。一方で、「テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」の時間が、この20年で86分減少している。
大学生は、この20年間で、1日2時間以上見ていたテレビ等をあまり見なくなり、その分、学業の時間とスマホ等の時間を増やしていることがわかる。
中教審答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて」(平成24年8月)では、学生の主体的な学修時間を増加させることが重要であると提言さ れている。社会生活基本調査の「学業」の項目には、主体的な学修時間である予習・復習の時間だけでなく、学校の授業時間も含まれている。主体的な学習時間 は、増加しているのだろうか。
そこで、授業のある平日と授業のない日曜日での学業時間の変化をみてみよう。表1は大学・大学院在学者の平 日と日曜日の1日あたりの学業時間を示している。平日は1996年から2016年で78分増加しているのに対し、日曜日は27分の増加にとどまっている。 休日の自主的な学習は、あまり変化していないことがわかる。この結果から、この20年間で増加した学業の時間は、主に授業の時間である可能性が高いと推測 される。
ただ、日曜日は、学習は休みの日としている学生も多いため(学業時間が0分)、差が生じていない可能性もある。そこで、社会生活基本調査のうち、より詳細に生活時間を分類している調査票Bの結果をもちいて、自主的な学習時間が増加しているのかを確認する。
調査票Bでは、学業を「学校での授業・その他学校での行動」「学校の宿題(予習や復習が含まれる)」等に分けている。この2つの項目について、2001年と2016年の差を比較する(調査票Bによる調査は、2001年から開始)。
その結果、「学校での授業・その他学校での行動」は15年間で1時間近く増加しているものの、「学校の宿題」は、わずかに低下していた。すなわち、この 20年間の大学生の学習時間の増加は、主に授業の出席時間の増加だということがわかる。学生の主体的な学習時間増加促進については、引き続き教育改革の課 題点であるといえる。
次に、大学生の学習時間の差が何によって生じているかをみてみよう。大学生の学習を妨げる要因として、よく挙げられるのがアルバイトである。そこで、就業状態別の学習時間について分析を行った。
その結果、有業者(アルバイト等)と無業者では、1日あたりの学業時間に42分の差が生じている。さらに、 これを曜日別にみると、平日においてその差が大きく、有業者と無業者で50分の差が生じている。アルバイトによって、授業のある平日の学習が妨げられてい ることがわかる。
では、アルバイトの有無により、大学生の平日の学習行動にどのような差が生じているのか確かめてみたい。
図2は、時間帯別の行動者率(その時間帯に学業や仕事をしている人の割合)を示したものである。赤い線が仕事の時間 である。これをみると、1割弱ではあるが日中にも仕事をしている大学生が存在する。その後、15時ぐらいから仕事をする割合が増加し、仕事をする学生の割 合は19-21時にピークに達する。
では、アルバイトをしていない学生は、夕方から夜にかけて学業に取り組んでおり、この時間が、アルバイトをしている 学生との差となっているのだろうか。だが、夜18時以降の有業者と無業者の学習行動者率の差は大きくはない。やや無業者の方が学習行動率は高いものの、無 業者の学習行動者率もあまり高くないため、大きな差とはなっていない。夕方から夜にかけてのアルバイトが、大学生の学習を妨げる要因になっているとは言い 難い結果となっている(夕方以降に自主学習している学生が少ないためであるが・・・)。
むしろ、学習行動率の差は、授業のある昼間の時間帯において大きい。つまり、アルバイト有無による学習時間の差は、 授業の出席状況による差であると推測される。さらに、学習行動率の差は、15時-17時の時間帯に最も大きくなっている。アルバイトをしていない学生は、 授業終了後に大学で自主学習を行うが、アルバイトがある学生は、授業後アルバイトに向かう。そのような行動の違いが、学習時間の差に表れているのではない だろうか。
最新の社会生活基本調査では、「スマートフォン・パソコンなどの使用」について多くの調査・集計がなされている。そ こで、大学生の学習時間と「スマートフォン・パソコンなどの使用」にどのような関係があるのかみてみる(社会生活基本調査の「スマートフォン・パソコンな どの使用」は、学業、仕事以外の目的で使用した場合をいう)。
図4をみると、「スマートフォン・パソコンなどの使用」を3時間以上使用した大学生は、使用していない大学 生と比べて学業の時間が60分以上短い。一方で、「スマートフォン・パソコンなどの使用」が長い大学生は、「休養・くつろぎ」「趣味・娯楽」「交際・付き 合い」の時間が長く、これらの時間帯にスマートフォン等を使用していていることがわかる(前述の近年の「休養・くつろぎ」の増加傾向も、スマートフォン等 の使用が影響していることが推測される)。
平日と日曜日で分けてみても、学業時間に差がみられる(図5)。平日については「使用していなかった」学生 の学業時間が370分と特に長く、スマートフォン等の使用時間3時間以上の学生は学業時間が300分未満となっている。日曜日は、使用時間3時間以上かど うかで学業時間の差が大きい。いずれにせよ、1日3時間以上のスマートフォン等の使用者は、学習時間が短い傾向にあることがわかる。
・大学教育改革が進められた20年間で、大学生の学習時間は1日あたり61分増加(この5年間でも21分増加)。一方で、テレビ等の時間が大幅に減少している。 ・ただし、増加したのは授業の出席時間であり、予習・復習など自主的な学習時間の増加傾向はみられない。 ・アルバイト等をしている学生の方が平日の学習時間が短い。アルバイト等を行うことにより、授業の出席時間や放課後の自主学習が短くなっている可能性がある。 ・1日3時間以上のスマートフォン等の使用者は、学習時間が短い傾向。 |
この20年間で大学生の学習時間は、1日あたり1時間以上増加しており、これは大学教育改革の成果の1つであるといえる。ただし、主に増えているのは授業の出席時間であり、学生の主体的な学習時間の増加という点については、引き続き教育改革における課題だといえる。
また、アルバイトの有無や、スマートフォン等の利用状況が学習時間と関係がある点についても注意が必要といえる。特に、アルバイト有無の比較からは、放課後の学習時間に差が生じていることが示唆された。
なお、今回の結果は全国の大学生全体の傾向値であり、個々の大学の状況はそれぞれで異なる。教育改革 の成果を検証し、学習成果を可視化するためには、各大学が個別で学生調査等のデータ等を蓄積していくことが重要といえる。さらには、学習成果となるデータ (例えば、成績や学習時間など)だけを集めるのではなく、その要因となる情報もあわせて収集し、その関係をみていくことが重要である。