日本の各大学は、近年、各種の制度改革・政府答申や、ユニバーサル化・市場化・グローバル化といった環境変化を受けて、様々な教育改革を展開してきました。 本レポートでは、弊社が実施した「大学教育改革の実態の把握及び分析等に関する調査研究(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1371451.htm)」「大学教員の教育活動・教育能力の評価の在り方に関する調査研究(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1371454.htm)」(いずれも文部科学省委託事業)の結果を踏まえて、大学教育改革の現場ではどのような課題が生じているのか、また教育改革の効果はあったのか、について見ていきたいと思います。
「大学教員の教育活動・教育能力の評価の在り方に関する調査研究(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1371454.htm)」では、全国の大学学部及び教員にアンケートを行った(592大学1829学部が回答)。 本アンケートでは、大学教員に求められる教育能力などについて調べているが、あわせて教育上の課題についても調査を行っている。結果をみると、学部学生に対する教育上の課題として、大きく以下の3つがあげられた。
(1)『学生』に起因する課題 | 「学生のレベルにバラつきがあり、授業を行いにくい」「学生が大学の学習に必要な知識不足している」 |
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(2)『教員の多忙等』に起因する課題 | 「教員が多忙で、授業の準備等に十分な時間が確保できない」「教員が多忙で、十分な研究室での指導が行えない」 |
(3)『資源等の不足』に起因する課題 | 「教員が新しい教育技術を学ぶ機会が不足している」「教育支援職員が不足している・いない」(「教員が新しい教育技術を学ぶ機会が不足している」については、(2)『教員の多忙等』にも関係する課題といえる)。 |
中でも、(1)『学生』に起因する課題を挙げる大学は多く、「学生のレベルにバラつきがあり、授業を行いにくい」は6割が課題だと答えている(図1)。
ただし、(1)『学生』に起因する課題は、大学の属性によって大きな開きがみられるのも特徴となっている。図2をみると、私立大学、特に地方の学生3000人未満の大学では、8割以上が「学生のレベルにバラつきがあり、授業を行いにくい」と感じているが、旧7帝大ではほとんど課題と感じていない。
なお、(2)教員の多忙等と(3)資源等の不足に起因する課題ついては属性による差はみられず、どの大学についても共通する悩みとなっている(図は省略)。
さらに、近年、社会的課題となっている学生の退学や就職等も、大学による差が大きい。例えば、図3にもあるように、入学偏差値によって退学率、就職率の差が大きいことが先行研究等でも示されている※1。このように、一口に大学教育といっても、教育の現場で起きている課題、特に『学生』に起因する課題は、大学の特性に応じて異なっているといえる。
なお、学生の学力レベルのバラつきや退学率の高さは、入試制度の多様化とも関係している。読売新聞「大学の実力2015」では、AO入試や推薦で入学した学生の退学率は、一般入試の学生に比べて高いことを示している。入試制度の多様化により、入学時点での学生の学力レベルの多様化が生じ、結果として退学率の高さを引き起こしていると考えられる。
では、学生のレベルのバラつきや高い退学率といった課題に対し、どのような取組が有効なのだろうか。このような問いに対し、「大学教育改革の実態の把握及び分析等に関する調査研究(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/1371451.htm)」では、大学教育改革のどのような取組が、学生の学修行動等に影響を及ぼすかについて分析している。
「退学率」「留年率」「正規社員への就職率」に対し、どのような取組がこれらの指標に影響を与えるかについて分析を行った※2。その分析の結果をまとめたものが、下の表となっている。
初年次教育 | ・緩やかではあるが退学率の低下、正規就職率の向上(特に偏差値40〜50台)に影響 |
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高校での履修状況への配慮a) | ・留年率も上げるが、就職率も高める(特に偏差値40〜50台) |
アクティブラーニング・PBL | ・就職率に強いプラスの影響。特に偏差値40〜50台で有効 |
キャリア教育(課程外) | ・退学率・留年率を下げる(偏差値60台で効果がやや強め)。 |
英語教育b) | ・偏差値60台では、就職率を高める。 |
この分析結果から、大きく2つの取組が、学生の学修行動等にプラスの影響を及ぼすことが分かる。
1つは、「高校での履修状況への配慮」「初年次教育」など学生の学習レベルの底上げを行う『基礎・基本の徹底』の取組が、学生の学修行動に対しプラスの効果がみられる。また、これについての事例については、「大学教員の教育活動・教育能力の評価の在り方に関する調査研究(第5章)」で紹介されている。学生の学力レベルのバラつきに対し、1年次の基礎教育(初年次教育)など『基礎・基本の徹底』に力を入れることで、学生の学力の底上げを図り成果をあげている先行事例が多くみられた。
もう1つが、「アクティブラーニング・PBL」や「課程外でのキャリア教育」など『学生の能動的な参加』を必要とする取組である。特に、「アクティブラーニング・PBL」は、就職率の向上に強いプラスの効果を与えている。
なお、これらの取組は、退学率や就職率だけでなく、学生の成長にも直接、影響を与えている。本報告書の別の分析では、『基礎・基本の徹底』と『学生の能動的な参加』の取組が、学生のコンピテンシーの成長に有意な影響を与えていたという結果がでている※3。
図4は、これらの取組を熱心に行っている大学と、それ以外の大学の就職率の分布をみたものである。取組に熱心な大学は、就職率が高めとなっていることが分かる。
ただし、ここで重要なことは、これらの取組の効果は、すべての大学に共通しているわけではないということである。
例えば、上記の『基礎・基本の徹底』と『学生の能動的な参加』に関する取組は、偏差値が40〜50の大学において特に効果がみられた。それに対し、偏差値が上位の大学では、PBLや初年次教育が就職率に影響を与えず、それよりも「英語教育での取組」が就職率にプラスの効果をもたらしている。
冒頭で教育上の課題が大学によって異なることをみたが、大学の特性に応じて打つべき対策も異なっていることがわかる。
大学の教育現場において課題となっている「学生のレベルのバラつき」や「退学」「就職」等は、学生の学習レベルの底上げを行う『基礎・基本の徹底』の取組や、「アクティブラーニング・PBL」など『学生の能動的な参加』を必要とする取組で効果がみられた。
ただし、大学の置かれている環境や学生の状況によって、課題や改革効果は異なっている。すべての大学がすべての改革に同じように取り組む必要があるわけではない。必要な改革を取捨選択して行うことが重要といえる。