株式会社リベルタス・コンサルティング

地域と芸術(1) リバプールの文化芸術による都市再生・地域づくり

近年、欧米を中心に文化芸術の持つ創造性を活かした都市づくりや地域活性化の取組が、注目を集めている。我が国においても、金沢市や横浜市などが早くから文化芸術創造都市の概念を都市政策の中に取り入れている。

本稿では、2008年に欧州文化首都(EU加盟国の都市で、一年間にわたり集中的に文化行事を展開する事業)を開催したリバプール市を例にとりあげ、その取り組みをみていく。

衰退した都市が、文化芸術を核に再生

イギリスの港町リバプール市は、18-19世紀には貿易都市として発展したが、第二次大戦後、繊維産業を中心とした貿易や造船業の衰退により、都市は衰退していく。

このような困難に直面する中で、1980年代より文化芸術をつかった都市再生の取組が始まっていく。1980年代初めには、アルバート・ドック(Albert Dock:港湾にある世界初の不可燃性倉庫)を再開発し、美術館(テート・リバプール)や博物館(マージーサイド海事博物館)など文化芸術施設も含む観光地に転換した。加えて、アルバート・ドックを含むウォーターフロント地区は、18-19世紀の海港都市としての姿を残す観光地として再興された。同地区は、「海商都市リバプール」の名で、2004年にユネスコの世界遺産に登録された。

さらに、2008年の欧州文化首都の開催地に選ばれた。欧州文化首都では、元ビートルズのポール・マッカートニーやリンゴ・スター出演のイベント、ベルリン・フィルとリバプール・フィルのコンサート(リバプール生まれの指揮者、サー・サイモン・ラトルが指揮)、オノ・ヨーコ等が参加したリバプール・ビエンナーレなど、1年間にわたり様々な芸術イベントが開催された。欧州文化首都の開催の結果、2008年の1年間で1500万人以上が市を訪れ、16万人の市民が欧州文化首都のイベントに参加するなどの成果を上げている。

<写真 リバプール中央駅前>

住民参加のイベント「クリエイティブ・コミュニティズ・プログラム」

リバプール市における欧州文化首都の特徴的な取り組みとして、「クリエイティブ・コミュニティズ・プログラム(Creative Communities Programme)」がある。

リバプール市の欧州文化首都では、「街の人々を巻き込むこと」を目的の一つとして掲げていた。そこで、110万ポンドをかけた公共・地域のアート政策「クリエイティブ・コミュニティズ・プログラム」が、2004年から2008年までの間、市民の日常生活に芸術を定着させることを目的に実施された。 リバプールのアーティスト・アート組織が、地域のコミュニティと共に、住民参加型の様々なアートイベントを実施している。例えば、以下のようなプログラムが行われている。

It’s Not OK!:

リバプール市議会児童サービス部と提携を結び、演劇や映像製作や放送を通して、若者が暴力に関する問題を研究するワークショップ等を実施。

A City in Progress

開発現場を囲む看板等をプロジェクトのキャンバスとし、アーティストやコミュニティ・グループと協働し、開発の前後を記録するアートワークを作成。

Public Culture Pavilion

3つの貧しい地域において、アーティストが催しを行った。ある地域では、パブリックアートの手法を用いた活動として、ライティング(照明)などで通りがいつもと違って見えるようにするなどの工夫や、町の遺産である古い駅を、新しく映画館や劇場、ミーティングルームなどに使える施設に改良した。

なお、欧州文化首都が開催された2008年には、3,500以上のCreative Communityイベントが催され、6,500人のアーティストと40,000人の参加者が協働し、観客は800,000人以上に上っている。

調査結果からみる地域の参加のポイント

リバプールにおける欧州文化首都のもう一つの特徴に、欧州文化首都の大規模・長期的な成果・効果の測定を行ったことがあげられる。リバプール大学を中心としたプロジェクト「Impacts 08」によって、欧州文化首都の取り組みの効果を図る調査が実施されている。「Impacts 08」では、以下の6つをテーマとして、2010年まで様々な調査が実施された。

例えば、Cultural Access and Participationのうち、2010年に公表されたレポート「Neighbourhood Impacts: a longitudinal research study into the impact of the Liverpool European Capital of Culture on local residents」では、地域住民に対する事前・中間・事後の3回のアンケートとヒアリングを実施から、欧州文化首都の地域住民への文化活動促進効果について検証が行われている。

その結果の中から、ここでは住民の文化活動参加への推進のポイントと障壁について、簡単に紹介する(以下、当該レポートより)。 調査の結果から明らかになった、地域住民の文化活動参加への5つの推進力は以下のとおり。

地域の推進者(Community champions)地元で文化活動への参加を促し促進することのできる地域機関や尊敬される個人の存在。
地域を拠点とした文化の提供
(Community-based cultural provision)
その地域が拠点となった文化イベント等が実施された地域の住民には、そのイベントが欧州文化首都のイベントにより深く関わるための入り口としての効果があった。
家族のためのイベント
(Family friendly events)
あるイベントの参加者にとっては、イベントが家族向けのものだったということが重要だった。あるイベントは、無料イベントであり、さらに夏休みに実施されたことで、多くの人が欧州文化首都のイベントの目玉として捉えていた。
ただし、いくつかのイベントは成功したがゆえに問題もあった。オープニング・セレモニーなどは、家族、特にベビーカーに乗った小さい子どもがいるような家庭には、人ごみに対処するのが困難なため不向きな面もあった。
人々を巻き込む
(Get people involved)
若者は、ただ観客としているよりも、もっと活動に関わることの出来るようなイベントを好んだ。
良質のコミュニケーション
(Good communication)
イベントについての情報を流すことが不可欠。地域住民にとってのメインの情報源はLiverpool Echo(リバプールの情報サイト)、口コミ、美術館や図書館においてあるリーフレットだった。

一方で、文化活動参加への障壁は以下のとおり。

コスト
(Cost)
チケット代に加え、リバプール中心部の高額な駐車料金や、家族全員で公共の交通機関を利用する際の高い料金などが、イベントへの参加を阻んでいるという意見が聞かれた。低所地区層の地域でのアンケート回答では、無料の文化会場(美術館やギャラリーなど)は、有料の会場よりも参加率が高かった。
ロケーションとアクセス
(Location and access)
アンケート対象地域全てにおいて、欧州文化首都のプログラムは、リバプール中心部に偏りすぎているという認識があり、公園や他の郊外をもっと利用することが出来たのではないかという声が上がった。これは特にリバプール中心部から一番遠く、公共の交通機関のバスで長い距離を行く方法に頼るしかない地域において問題となった。
情報の不足
(Lack of information)
情報伝達のネットワークが弱い地域では、欧州文化首都について知らないと言う人が多かった。中国人コミュニティでは、英語以外の言語による情報が少なかったことを大きな問題としてあげた。
関心不足
(Lack of interest)
これは次のような特定のイベントへの参加が少ない理由として重要視されていた。コンテンポラリー・アートのエキシビション、メトロポリタン大聖堂の地下室(安置所)でのル・コルビュジエのエキシビション、演劇などのイベントは参加が少なかった。

リバプールの例から学ぶ3つのポイント

今回紹介したリバプールの事例からは、特に以下の3つのことがいえる。

  1. 多くの先行研究でも言われているように、地域の内発的なポテンシャル・資源の活用が地域活性化には重要である。リバプールの例では、港湾都市やビートルズなどの文化資源を活用した地域再生を図っていた。
  2. 文化芸術活動に住民を巻き込むためには仕掛け(クリエイティブ・コミュニティズ・プログラムのような)が必要。また、その際には「推進者の配置」「地域での実施」「家族向けイベント」「参加型」「情報発信」などが重要となる。
  3. 文化イベントは実施するだけでなく、その後の効果検証が重要である。その後の政策立案にもつながる上、ノウハウの蓄積にもなる。
2011年7月1日
八田 (はったまこと)
※本稿は執筆者の個人的見解であり、弊社の公式見解を示すものではありません。

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