株式会社リベルタス・コンサルティング

消費行動について(その1) : ヒトは何のために消費するのか

ヒトは何のために消費をするのでしょうか? 消費者は消費の決定に際してどういった判断基準を持っているのでしょうか?

日本経済はいま、長いトンネルを抜けて“体感できる好況期”を迎えつつあり、個人消費の拡大が期待されています。 他方、社会の成熟化に伴い日本の消費はますます多様化、複雑化しています。 こうした中で上のようなテーマについて考えることは、現代の消費社会を見通す(あるいは問い直す)上で意味があるように思われます。

今回は、「ヒトは何のために消費するのか?」という点について、近代経済学の基本概念である「効用」を取り上げながら検討します。

「効用」とは何か

辞書で「消費」の意味を調べると、「欲望充足のために財・サービスを用いること」と書かれています。 「欲望充足」は「満足」と言い換えることができます。 そして、「効用」とは経済学上の満足の概念であり、次のような性質を持つとされています。

(参考:岩波書店『経済学辞典』第2版)
注:効用(英語でutility)という言葉は我々の日常生活では滅多に登場しません。 それもそのはず、これは19世紀イギリスの支配的社会思想であった功利主義(utilitarianism)を語源とする、外来の経済用語なのです。 功利主義は、幸福や快楽に最大の価値を認める社会哲学です。 つまり、効用という言葉の根底には、個人の自由な(あるいは利己的な)幸福追求を尊重する理念が含まれています。

何のために消費するのか -- 効用を得るため

経済学の入門書の多くは、「消費者は自分にとっての効用を最大にするため、予算制約の下で最適な消費計画を立て、それを実行する」と説明しています。 すなわち、(1)ヒトは効用(満足)を得るために消費を行なう、そして、(2)消費に際しては効用を最大化するように行動するということです。 (1)が、「ヒトは何のために消費するのか?」という問いに対する経済学からの回答です。

しかし、釈然としないものが残ります。 上記 a. がいうように、効用は個人の主観であるという点はそうだとしても、上記 b. のように「効用と使用価値は異なる」と断言されると、ではいったい効用の中身は何なのだと質問したくなります。 考えてみれば、我々の日常的な消費の中で、使用価値に基づく部分は小さくありません。 例えば日曜大工のためにノコギリを買うとき、我々はその使用価値(木を切るという機能)を購入しているはずです。 そして、切れ味の良いノコギリには高い満足を感じます。効用(主観的満足)と使用価値(客観的機能)の関係について考えてみる必要がありそうです。

効用と使用価値

ここで、あるアンケート結果をご紹介します。筆者が非常勤講師(消費行動論)を務めるA女子大学の学生を対象に実施したアンケートの結果です。設問は次の通りです。

[問1]貴方は消費に際して主観(イメージ)と客観(機能)のどちらを重視しますか。
[問2]問1で回答した貴方の傾向は、どういう財・サービスを購入するときに最も強く表れますか。 (該当する品目の名称を1つだけ回答)

図1は問1の集計結果です。「客観重視」派が55.9%と過半数を占め、消費に際して機能を重視する人の割合が決して小さくないことが窺われます。経済学がいうように財・サービスの消費から得られる効用と財・サービスの使用価値は同一ではないにせよ、「使用価値は効用の一部分を形成し、効用の大きさに一定の影響を及ぼす」といえそうです。

図1 アンケート問1の集計結果
図1 アンケート問1の集計結果
データ:A女子大学 人間関係学部「消費行動論」受講生を対象としたアンケート結果(2006年5月8日実施)

図2には問2の集計結果を示しています。回答者全員が女子大学生ということもあり、回答は「化粧品・服飾類」に集中しました。その「化粧品・服飾類」への回答率を「主観重視」派と「客観重視」派の間で比較すると、「主観重視」派の回答率(76.9%)が「客観重視」派のそれ(54.5%)を20%ポイント以上も上回りました。「化粧品・服飾類」はまさにイメージが重視される品目ですから、この結果にはうなずけます。逆に「日用品」や「電化製品・PC・携帯電話」へ回答したのは「客観重視」派のみでした。

問1の結果から、使用価値が効用水準に影響を及ぼす可能性を示唆しましたが、問2の結果からは、「その影響の大きさは品目によって異なる」と推察することができます。

図2 アンケート問2の集計結果
図2 アンケート問2の集計結果
データ:A女子大学 人間関係学部「消費行動論」受講生を対象としたアンケート結果(2006年5月8日実施)

現代における「効用」の意味とは

上述のアンケート結果は、品目によるとはいえ、消費者の効用を高める上で使用価値(客観的機能)が無視できない要素であることを示唆しています。どんな商品でも、まずは機能性に優れていることが基本要件として求められるということでしょう。

ただし、消費者の効用に占める使用価値の比重は時代とともに変化すると考えられます。生活に必要なモノがいつでも手に入る現代では、機能だけに注目して商品を購入する場面は少なくなるはずです。それに伴い、商品そのものではなく、それを取り巻く周辺要素が購入の決め手としてより重要になるでしょう。実際、上記アンケートに回答した「主観重視」派の中には、消費の決定要因として「お店の雰囲気」や「店員の接客態度」を挙げた人がいました。

マーケティングあるいはブランドマネジメントの世界ではいま、商品を消費者に買ってもらうには消費者の主観に訴えかけることが不可欠との考え方が定説です。それは「機能的価値から情緒的価値へ」というフレーズに端的に表され、消費者の心理をときめかせる価値を企業自らが創出し、店舗やイベントで消費者に体験させ、購買行動につなげる取り組みが積極的に展開されています。いまや、消費者は商品という“モノ”を買うのではなく、商品にまつわる“コト”(価値観や夢、物語性)を買う時代です。

上で、「ヒトは何のために消費するのか?」という問いへの経済学の回答として、「効用を得るため」と書きましたが、これは“手段”としての消費にほかなりません。ところが、消費者がコトを買う現代においては、消費者はむしろ“目的”に転じつつあります。既に大量のモノで満たされているのに、なおもヒトが消費を行なう理由、それは消費がヒトの自己表現そのものになりつつあるからでしょう。

経済学にとっては、長年慣れ親しんできた「効用」という概念を見つめ直す好機といえます。現代の消費行動を普遍的な「効用」概念で説明することは困難であり、消費者属性(性別や年齢等)、ライフステージ、品目・用途などに応じて複数の効用パターンを想定するべきかもしれません。旧来の枠組みに囚われることなく、心理学やマーケティングなどの関連領域と交流することが不可欠でしょう。私どもリベルタス・コンサルティングも、ビジネスを通じて、そうした異分野交流の推進にひと役買いたいと考えています。

次回は、「消費者は消費の決定に際してどういった判断基準を持っているのか?」について考えたいと思います。

2006年6月9日
五十嵐 義明 (いがらし・よしあき)
※本稿は執筆者の個人的見解であり、弊社の公式見解を示すものではありません。
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